NINJATOOLSを利用して2009年6月11日設置
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  福田行誡上人(1809-1888)は、徳本行者と弁栄聖者のちょうど真ん中に出られた方です。明治仏教の4本柱のお一人とされ初期の廃仏毀釈に立ち向かわれました。妻帯御構い無しの法令が出されたときは建白書を提出してそれに反対した清廉な高僧でもあります。
 行誡上人は宗派を超えて仏教を学ぶべしとして大蔵経を重視し、生涯に一度はこれを通読することを僧侶のあるべき姿とされました。法然上人が5回通読されたことは有名ですが、弁栄上人も若き日に足掛け3年(通算約1年5ヶ月)がかりでこれを成し遂げておられます。弁栄上人が通読されたのは松戸の東漸寺所蔵の
黄檗版大蔵経ですが、この閲読中に当時増上寺法主であった行誡上人が最初は使者を送って来謁を請い、次にこれを讃える書簡を送っておられます。20代の青年僧が大変な時間とエネルギーを要する一切経通読を成し遂げたことを行誡上人は特別な思いを以って評価なさり将来を嘱望されたことでしょう。五香の善光寺創建の為の勧進帳に付言を寄せ、ご遷化を前に法門付属のお墨付きを添えご自身の上品二十五条の大衣[最高位の袈裟]を贈られました。2019年行誡上人縁の寺東京両国の回向院で行誡上人日本仏教再興百五十年と弁栄上人百回忌を記念して「行誡と弁栄展」が催されました。
 *『黄檗版大蔵経』は今からおよそ400年前、鉄眼禅師が一念発起して版木からおこして出版した。出版費用調達の勧進行脚の際大洪水や大飢饉に見舞われ、資金を投げ打って被災民救済にあたった為、
その都度一から勧進行脚を始めたことから後年福田行誡上人が、鉄眼禅師は3度大蔵経を出版したようなものだとその偉業を讃えました。


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