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    <title>相模原如来光明会ブログ</title>
    <description>NINJATOOLSを利用して２００９年６月１１日設置</description>
    <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>219  不識的精神態</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;弁栄聖者は如来様を不識的精神態であるとされました。ということは如来様のご意志が意識的に働いて例えばバチを当てるとか、それを願わないものをもお救い下さることはないということになります。&lt;br /&gt;
「衆生が如来様を信念し奉ると、如来様はそれにお報い下さいまして衆生の心の中に感性能動的にお宿り下さいます。お宿り下さいますと、全一の不識体で在します如来様は衆生の意識の中、即ち個我意識の中に入り来られる。すると如来様は、私どもに意識される処の客体存在となって下さる訳です。私どもの意識と離れれば、如来様はあくまでも全一の不識体・無意識体です。そうであるから私どもが如来様を信念し奉る、だから信念に報いる、信念なければ報いず、とこういう風に弁栄聖者は御遺稿の中にお述べ下さっている訳でございます。」&lt;span style=&quot;font-size: 14px;&quot;&gt;杉田善孝上人ご法話より　『光明』誌　H.28.5/6月号&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;　如来様は理法に則って私どもをお救い下さるので、理法に則らない仕方で私どもが救われることはありません。それが如来の真相であることを弁栄聖者がお説き明かし下さっていることが了解出来ないと道を間違うということになる。弁栄聖者のお弟子の笹本戒浄上人が「それがopinionであってはいけません。」と仰った意味がここにあります。&lt;br /&gt;
　如来様は不完全な信念に対しては不完全な三昧をお与えになる。お宿り下さる人格的御身が私どもをお育てくださり私どもを遂に円満なる仏と一直線にして下さる(力をお持ち下さる)かどうかは私どもの信念の如何によりますので...如来様は私どもの意識から独立した客体だというのは誤りであって、私どもの信念に左右される客体である。そこを弁栄聖者は主観的客体と仰った。ですので、起行の用心には余り関係なく安心の形式が正しければ一番いいように私どもをお導き下さるというのは根本的な誤解ということになる訳です。　&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;杉田善孝上人ご法話&amp;nbsp;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;同誌29.2月号より大意&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/219/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>218 念弥陀三昧が究竟成仏への唯一の道</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;　『般舟三昧経』に「三世諸仏は念弥陀三昧に因って正覚を成ず」とあるのは、言い換えると念弥陀三昧によらなければ正覚を得られないということを意味する旨、弁栄聖者が明かしておられます。&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;『般舟三昧経』は成立年代の非常に古いお経で、(&lt;span style=&quot;caret-color: #222222; color: #222222; font-family: 'Helvetica Neue', Helvetica, Roboto, Arial, sans-serif; font-size: 14.000001px; background-color: #faf1da;&quot;&gt;梵本は断簡のみ現存し、チベット語訳と漢訳が現存)&lt;/span&gt;その内容は釈尊が説かれたものかどうか定かではないものの、聖者のお弟子笹本戒浄上人によれば少なくとも深い仏眼を開いた方の手になるものであることは確かだそうです。&lt;br /&gt;
　古歌に分け入る道は多かれど同じ高嶺即ち頂上へ行き着くとありますが、実際は念弥陀三昧以外の修行法では行きつかないことを弁栄聖者が三昧体験に基づいて明かされました。五眼でいうと、慧眼や法眼が開けるに止まるというのです。稀に初歩の仏眼が開けることがあっても釈尊のお悟り究竟成仏(三身四智の仏眼)には届きません。このことをより明瞭にする為、聖者は念仏三昧のかわりに念弥陀三昧をいう表現をなさいました。&lt;br /&gt;
　今は釈尊のお悟りの中身どころか、正しい三昧によって得られる悟りそのものが曖昧なままとなっております。弁栄聖者が深い三昧体験に基づいて、原始経典にある七科三十七道品を念仏&lt;span style=&quot;font-size: 14px;&quot;&gt;(念弥陀)&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;七科三十七道品として新たに開顕され、正覚に至る道程とその修行法が明示されたことが五眼に対する認識と併せて広く認知されることが望まれます。尚、念仏七科三十七道品の中で四神足を四正勤の前に置かれたこと、七覚支の先頭に択法覚支を最後に念覚支を配しておられるのは三昧体験に基づいてのことであるのも注目点です。&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/218/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>217 徳本行者の念仏塔</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;　徳本行者のことを今どのくらいの方がご存じかは分かりませんが、ご在世当時は熱狂的な支持を集め念仏ブームを巻き起こすほどの大人気だったことが、全国に千基以上ある念仏塔・名号碑やご伝記などから分かります。名号碑は特徴的な字体で書かれた行者の名号を念仏講をつくったそれぞれの土地の人々が石碑に刻んで建てたもので、相模原市内にも２０数基が残存し主なものは市の登録有形民俗文化財に指定されています。先日その内の一つで神奈川県内でも有数の規模を誇るとされる三井の念仏塔を訪ねました。車が離合出来ない程の細い道を辿った先(林の中)に姿を現したその念仏塔・名号碑にはそれを示す立て札がたっていました。近くに複数の名号碑がまとまって見られることからこの辺りで広く布教なさったと見られますが、地元の老人は何が書かれているかは知らないとのこと。こうして風化していくのかとの懸念が拭えませんでした。&lt;br /&gt;
　弁栄聖者が法然上人以来、徳本行者ほど深いお悟りを開いた方はおられず、そのお悟りは釈尊に迫るほどの深さであったとしておられることと併せて徳本行者が正しく評価されることを願ってやみません。&lt;br /&gt;
　&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/217/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>216 福田行誡上人と一切経</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;&amp;nbsp; 福田行誡上人(1809-1888)は、徳本行者と弁栄聖者のちょうど真ん中に出られた方です。明治仏教の４本柱のお一人とされ初期の廃仏毀釈に立ち向かわれました。妻帯御構い無しの法令が出されたときは建白書を提出してそれに反対した清廉な高僧でもあります。&lt;br /&gt;
　行誡上人は宗派を超えて仏教を学ぶべしとして大蔵経を重視し、生涯に一度はこれを通読することを僧侶のあるべき姿とされました。法然上人が５回通読されたことは有名ですが、弁栄上人も若き日に足掛け３年&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;(通算約１年５ヶ月)&lt;/span&gt;がかりでこれを成し遂げておられます。弁栄上人が通読されたのは松戸の東漸寺所蔵の&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;黄檗版大蔵経&lt;span style=&quot;font-size: xx-small;&quot;&gt;＊&lt;/span&gt;ですが、この閲読中に当時増上寺法主であった行誡上人が最初は使者を送って来謁を請い、次にこれを讃える書簡を送っておられます。20代の青年僧が大変な時間とエネルギーを要する一切経通読を成し遂げたことを行誡上人は特別な思いを以って評価なさり将来を嘱望されたことでしょう。五香の善光寺創建の為の勧進帳に付言を寄せ、ご遷化を前に法門付属のお墨付きを添えご自身の上品二十五条の大衣&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;[最高位の袈裟]&lt;/span&gt;を贈られました。2019年行誡上人縁の寺東京両国の回向院で行誡上人日本仏教再興百五十年と弁栄上人百回忌を記念して「行誡と弁栄展」が催されました。&lt;br /&gt;
　&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;＊『黄檗版大蔵経』は今からおよそ４００年前、鉄眼禅師が一念発起して版木からおこして出版した。出版費用調達の勧進行脚の際大洪水や大飢饉に見舞われ、資金を投げ打って被災民救済にあたった為、&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;その都度一から勧進行脚を始めたことから後年福田行誡上人が、鉄眼禅師は３度大蔵経を出版したようなものだとその偉業を讃えました。&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/216/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>215 厳正というお慈悲</title>
      <description>&lt;p style=&quot;margin: 0px; font-style: normal; font-variant-caps: normal; font-stretch: normal; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN'; font-size-adjust: none; font-kerning: auto; font-variant-alternates: normal; font-variant-ligatures: normal; font-variant-numeric: normal; font-variant-east-asian: normal; font-variant-position: normal; font-variant-emoji: normal; font-feature-settings: normal; font-optical-sizing: auto; font-variation-settings: normal;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;弁栄聖者は如来を不識的精神態とされました。不識的ということは、例えば如来様がバチを当てようとして当てるというようなことはないと言うことを意味します。如来様のお働きは法則に則って働きます。如来様が衆生をお救い下さるにあたっても、厳正な法則に則ってなされるのでその法則に随順していくことが大切となる訳です。信念の如何に関わらず如来様が私どもをお育て下さり仏へと導いて下さる訳ではないと言うことが厳正と言う意味でもあります。如来様は私どもの信念にお報いくださり、お慕いする心に感応して下さる。これがいい加減なものでない所を如来様のお慈悲と受け取り深く味わいたいものです。 &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;span style=&quot;font-size: 14px;&quot;&gt;&amp;nbsp;杉田善孝上人ご法話より &lt;/span&gt;&amp;nbsp; 2025.1.5&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/215/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>214　宇宙体験</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;NHKのヒューマニエンス：宇宙体験の回&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;(録画)&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;を見ておりましたら、海から陸へ上がった生物の進化の方向は宇宙へ進出することとやっていました。人類が宇宙へ進出するかどうかは分かりませんが、認識機能が五眼の内の肉眼にとどまっている限りはどんなに遠くへ飛翔しても、どんなに違った環境に適応してもたかが知れています。私たちの進むべき方向が空間の移動ではなく状態の変化であり、内なる霊性を開発し成仏をもってその究極とする。「地球の発展は生命の現化発展を目的とし 生命の発展は意識の現化発展を目的とし 意識の発展は心霊の現化を目的とし 心霊の発展は世界の目的 世界は心霊を実現し宇宙と致一(合一)せしめる事をその終極目的とする。」と言うのですから、宇宙体験どころか宇宙時と合一する方向をこの地球上で座したまま目指すのが弁栄聖者が示された仏教本来の教えです。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/214/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>213 徳本行者のお悟り</title>
      <description>&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;弁栄聖者首唱の光明主義の特徴のひとつに、釈尊のお悟り即ち成仏までのお悟りの道程が明瞭に示されていることがあります。弥陀の啓示の四位「開」「示」「悟」「入」それぞれについて詳説されているのです。&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;　&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;徳本行者ゆかりの小石川一行院にある念仏行者徳本上人研究会より『徳本行者伝』が刊行されると伺いました。徳本行者のご伝記には、お弟子方による『徳本行者集』・戸松啓真編『徳本行者全集』・『徳本上人勧誡聞書』・福田行誡編の『徳本行者伝』などがありますが、この度の刊行は慶應三年 行者の五十回忌に福田行誡師編纂により出版されたこの行者伝を改訂したものとなります。&lt;br /&gt;
　それにしましてもこれらのご伝記の何れにも書かれていないことを弁栄聖者が明らかにしておいでになること、即ち徳本行者のお悟りは無対光・三身四智 [入の位]の仏眼の境界であると明かされたことはご紹介させて頂かなくてはなりません。お母様のもとへ毎日お十念を授けに行かれた逸話も仏眼の最高位三身四智の仏眼を開いておられた徳本行者がその妙観察智による分身利物のお力を示されたものと理解することが出来るのです。&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;＊弁栄聖者は仏眼の最高位〈三身四智〉を更に観念的一切智と認識的一切智に分けて説いておられますが、弁栄聖者は三身四智の仏眼を開かれたときご自分と釈尊の間に唐の善導大師と法然上人を三昧直観されました。これに徳本行者を加えて史上三身四智の仏眼を開いたのはこの５人となります。この内、認識的一切智は釈尊のみ。その他の方々は観念的一切智とされました。2024.12.16&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/213/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>212 光明主義の原点と原始経典について</title>
      <description>&lt;div&gt;
&lt;div style=&quot;font-size: 16px; margin: 0px; font-stretch: normal; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic Pro'; color: #878787;&quot;&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;font-size: 15px; margin: 0px; font-stretch: normal; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic Pro'; color: #535353;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;「自分は経論その他の著述を拠り所として演繹的に説いておるのではない。（ご自身の三昧体験に基づいて）帰納的に説いておるのだ。」との旨、聖者は念を入れ繰り返し仰せであったと伝わります。すなわち（経典etc.に典拠を求めるのでなく）ご自身が【三身四智の仏眼】で直接認識なさった三昧体験を根拠として釈尊、善導大師、法然上人の真精神そのものを説いておられるのです。成立の古い原始仏典にある釈尊の説法は実はその真精神の核心が明示されたものでなく、当時の人々に対する対機説法すなわち方便の教えだというのです。ですので原始経典から釈尊の三昧体験の中身を引き出そうとすると空転する。聖者はご自身が三昧体験された釈尊の事実に基づいて「釈尊の真精神を説く」としておられるこれが、光明主義の原点である旨、お弟子の笹本戒浄上人様が明言しておられます。&lt;span style=&quot;font-size: 14px;&quot;&gt;参照：光明主義玄談　巻三（光明主義文献刊行会）2024.12.12&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;/div&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/212/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>211 切れ目がありません。</title>
      <description>&lt;div style=&quot;margin: 0px; text-align: justify; font-stretch: normal; font-size: 13px; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN';&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;&lt;b&gt;&amp;nbsp;&lt;/b&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0px; text-align: justify; font-stretch: normal; font-size: 10px; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN';&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;　中井常次郎という方は、大正八年九月弁栄聖者に初めて会われたとき京都帝大工学部の講師をしておられました。初対面のとき「頭を垂れていた為お顔を拝むことは出来なかったが、襖を開けて部屋に入ってこられた聖者がお裙のすそさばきいとしとやかに我等の前にお座りになったのを見ただけで はや霊感に打たれた。」と述懐しておられます。その後授業の都合をやりくりしながら可能な限り聖者のお別時に参加されました。　聖者のご自坊であった当麻での授戒会&lt;span style=&quot;font-stretch: normal; line-height: normal;&quot;&gt;(聖者の授戒会はお別時と同じ内容)&lt;/span&gt;に参加されたとき、京都へ帰る間際「中井さん 今あなたは当麻で死にます。あすは京都で生まれます。けれども自分には切れ目がありません。浄土に生まれるのもこれと同じです。三昧状態で、醒めて生まれます。」と仰って頂かれたそうです。そしてこの短いお言葉がその後中井先生を通して多くの人の信仰に生気を与え偉大な働きをしていると。分かり易く言えば、今日当麻では姿を消すけども明日は京都に姿を現す。生死はこのようなものだと言う例えです。「三昧に入り心眼をもって見れば肉眼では見えない浄土がみえる。信仰の人は心の眼が開け霊界に入り永生を得る。今より切れ目なしに極楽に生まれる。」&lt;span style=&quot;font-stretch: normal; line-height: normal;&quot;&gt;(『山崎弁栄大悲のことば』求龍堂選書より)&lt;/span&gt;。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0px; text-align: justify; font-stretch: normal; font-size: 10px; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN';&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;　生死に切れ目がないと言うお話は伊予松山の大島玄瑞上人からも伺っております。&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0px; font-stretch: normal; font-size: 9px; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN';&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;＊&lt;/span&gt;聖者を見送られたあと先生は大正十二年に職を辞し 郷里の和歌山へ帰郷し南葵光明会を立ち上げ活動された。著書に弁栄聖者最晩年のご法話の筆記録を中心とした『乳房のひととせ上&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;・&lt;/span&gt;下』があり前掲書はこれをもとにして編集された。&lt;/span&gt;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp;&amp;nbsp;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;2024.10.23&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;margin: 0px; font-stretch: normal; font-size: 9px; line-height: normal; font-family: 'Hiragino Kaku Gothic ProN';&quot;&gt;&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;&amp;nbsp;&amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/211/</link> 
    </item>
    <item>
      <title>209  遮情と表徳　210日蓮上人の達見 </title>
      <description>遮情と表徳：　仏教には「遮情」と「表徳」のそれぞれを重視する二大潮流があり、聖道門で遮情に向かうものの代表が天台、表徳に向かうものの代表が真言。浄土門では遮情にむかうのは真空宗である処の真宗、表徳に向かうのは妙有宗である浄土宗となりました。それぞれを事の法門・理の法門と言い日蓮宗はこの事の法門であり、山崎弁栄上人の光明主義もこの流れに連なる事の法門です。弁栄上人は信者たちへのお便りに日蓮上人を蓮師、蓮師と呼んで言及し評価なさいました。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
&lt;span style=&quot;font-size: large;&quot;&gt;日蓮上人の達見：日蓮上人の心境について、弁栄聖者が三昧直観された内容がお弟子の笹本戒浄師に伝わっております。慧眼・法眼を開く所までは進んでおられなかったので、(人間の)想像ではあるが日蓮上人は「インドに出現された釈尊は本門の本尊が人間の姿をお示しになった文字通りの活き如来様で、久遠の本仏の妙色荘厳は本来迷悟なく生仏の仮名を絶する十界事具の一念三千の妙体だ」と思っておったこれは卓見だと聖者は褒めておられたと。仏教の学問をして人間の理屈と想像で日蓮上人が信じていたものと弁栄聖者が三身四智でしかと三昧認識なさった如来様の真相の一面と合っていたので聖者は日蓮上人をお褒めになったのです。&lt;span style=&quot;font-size: small;&quot;&gt;(光明主義玄談　巻三158より) &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp; &amp;nbsp;&lt;span style=&quot;font-size: 14px;&quot;&gt;2024.3.3&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/span&gt;</description> 
      <link>https://snkomyokai.blog.shinobi.jp/Entry/210/</link> 
    </item>

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