NINJATOOLSを利用して2009年6月11日設置
[94] [93] [92] [91] [90] [89] [88] [87] [86] [85] [84]
三昧に無数の三昧があり、千里眼や催眠術にかかった状態も三昧の一種である事はすでにお話致しました。私共は成仏に必要な三昧を修するのであって、三昧であれば何でもよいと言うのではない事は申すまでもありません。所で無着(インド名アサンガ)という方のご本『摂大乗論(しょうだいじょうろん)』に、 成就すると成仏出来るとされている行を成就しても実際には成仏出来ない。成仏と言うのは一切の行を成就しないとならないからと書いてあるのだそうです。そうすると、一つの行を成就する度に信念を変更して別の行を修する事を限りなく繰り返さなくてはいけない事になり事実上成仏は不可能のように思えます。そこの所を弁栄聖者がはっきりと成仏に王道あり。念弥陀三昧(念仏三昧)が王三昧すなわち成仏の王道であるとお示し下さったと言うのが私共の承っている所です。この弥陀とは西方浄土に在す阿弥陀如来様ではなく三身即一に在していと尊き唯一の(超在一神の)すなわち宇宙の中心に在す報身の如来である。この一切の根本仏に在す報身の阿弥陀如来様と合一する念弥陀三昧の一行を成就すれば一切行が成就すなわち成仏できる旨ご自身の三昧体験に基づいて明らかにして下さったのだと。これが光明主義のお念仏は最後まで信念の変更を必要としないと言われる意味でもあります。「・・・唯絶対無量光寿即ち弥陀の聖名(みな)を崇め聖意(みむね)を仰ぎ帰し奉りて、意(こころ)に至尊をのみ憶念し、口に聖名を称え、身に聖意の実現に行動すべし。一念の弥陀なれば一念の仏。念々弥陀なれば念々の仏。仏を念ずる外に仏に成る道なし。三世諸仏は念弥陀三昧によりて正覚を成ずと南無。」(弁栄聖者ご遺稿より抜粋) 

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


カレンダー
04 2025/05 06
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
P R