NINJATOOLSを利用して2009年6月11日設置
「 永保2年(1082)、永観50歳のころである。2月15日払暁、永観は底冷えのするお堂で、ある時は正座し、ある時は阿弥陀像のまわりを念仏して行道していた。すると突然、須弥壇に安置してある阿弥陀像が壇を下りて永観を先導し行道をはじめられた。永観は驚き、呆然と立ちつくしたという。この時、阿弥陀は左肩越しに振り返り、「永観、おそし」と声をかけられた。永観はその尊く慈悲深いお姿を後世に伝えたいと阿弥陀に願われ、阿弥陀如来像は今にその尊容を伝えると言われている。」(永観堂HPより) このエピソードで有名な永観律師は三論宗の学僧ですが、著書『往生拾因(おうじょうじゅういん)』により唐の善導大師の教えを法然上人につなぐ役割を果たしています。『往生拾因』の後に出た珍海の『決定往生集』でも散乱心でなく、定心の念仏が「正中之正因」つまり正定業の称名であるとします。一心専念の専念の意味の取り方ですが、藤井正雄氏によると永観はこれを観仏三昧の意で用いた為、法然は受け入れることが出来なかったとあります。観仏三昧と念仏三昧の違いは非常に重要な問題ですが、専心でなければ往生出来ないとする限り弁栄聖者のお説き下さった所と酷似する為詳しく調べてみたいものです。念仏の長い歴史的土壌というバックボーンがある事に思いを馳せました。 |
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